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大学教育の質向上を支える教学マネジメントの基盤

C-magazine 2022年春号記事
2022年3月1日

将来がますます不確実となる時代にあって、学生たちにとっては自らの目標を明確に設定し、主体的に学修に取り組むことが必須となっている。各大学にはその成果を客観的に評価しつつ、より良い学修環境を提供し一人ひとりの成長を支えていくことが求められる。そうした中で多くの大学が実施しているのが教学マネジメントの強化だ。この取り組みの基盤となるIR(Institutional Research)について、同志社大学 社会学部 教授の山田礼子さんに聞いた。

  •  IR:教育機関において、さまざまな活動に関するデータや情報を収集し、分析することで、経営戦略・財務計画などの立案を支援する活動

研究重視から教育重視へ。大学教育の転換で求められる教育の質的向上と学修成果の可視化

「IRは教学マネジメントの強化に必要不可欠で、大学DX推進のインフラとなりえます。」

同志社大学
社会学部教育文化学科
博士後期課程教授
山田礼子 さん


同志社大学文学部社会学科卒業後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教育学大学院博士課程(Ph.D)を修了し、プール学院大学国際文化学部助教授などを経て現職。

ー 日本における大学教育の現状についてお聞かせください。

かつての日本の大学は、どちらかといえば教員の研究を重視する傾向があったように思います。それが現在、政策的には教育重視の方向へと変わってきています。

きっかけとなったのは、2008年に文部科学大臣の諮問機関である中央教育審議会から出された学士課程答申です。この答申は、学士課程教育の構築が日本の将来にとって喫緊の課題であるとし、「グローバルな知識基盤社会、学習社会において、我が国の学士課程教育は、未来の社会を支え、より良いものとする『21世紀型市民』を幅広く育成するという公共的な使命を果たし、社会からの信頼に応えていく必要がある」と変革を促しました。

これにともない各大学には、時代を生き抜く力を学生が確実に身に付けるための教育改革の必要性が叫ばれるようになり、学士課程全体を通じて学生が到達すべき目標を示すことが求められています。さらに、そこで行われる教育の質を保証するための具体策として、学修成果を可視化することが重要なポイントとなっています。

20年には中央教育審議会大学分科会から「教学マネジメント指針」というガイドラインも示されています。教学マネジメントとは「大学がその教育目的を達成するために行う管理運営」と定義されるもので、具体的には学長のリーダーシップの下、「卒業認定・学位授与」「教育課程編成・実施」「入学者受入れ」の3つの方針に基づいた体系的かつ組織的な教育を展開するとともに、その成果の点検・評価を行い、教育の質および学修成果の向上に向けた改善を図るPDCAサイクルを回していくことです。

この方策にしっかり対応できているかどうかが、大学の評価を大きく左右する時代となっているのです。

教学マネジメントを支え大学DXを推進していくインフラとなるIR

ー 教学マネジメントを推進するためにはどんな取り組みが必要ですか。

教学マネジメントを最大限に機能させ、さらに推進していくためには、データを収集、蓄積、科学的に分析し、解決や改善につなげていくIRの開発が非常に有効です。

IRは必ずしも教育だけを対象としているわけではありません。大学内に散在している財務や施設なども含めたあらゆるデータを統合し、一元的に管理します。この基盤上に学修成果を測定するために必要な客観的なデータを集めて分析し、結果を可視化して示すことで、学生の学修効果を高めるより良い教育環境の整備へとつなげていきます。

たとえば施設に注目してみましょう。現在の大学ではアクティブラーニングを促す手法として注目されているPBL※と呼ばれる問題解決型の授業が増えていますが、既存の教室の中にはこうした新しいタイプの授業にとって決して使い勝手が良いとはいえないものが数多く存在します。また、広いキャンパス内や遠隔地のキャンパス間を、学生たちが長時間かけて移動しているケースも散見されます。学習効果向上のためにも、施設の面からの管理・分析が必要となります。

さらにコロナ禍を契機に大学でも広がったオンライン授業のメリットを高く評価する教員や学生も増えており、コロナ収束後もリアルの対面授業とオンライン授業を適材適所で融合したハイブリッド型の授業が定着していくと考えられることから、今後の授業の在り方を今から模索しておかなければなりません。

こういった教育現場における多くの課題を解決するために必要となってくるのが、IRです。前述した教学マネジメントのPDCAを回していくエビデンスとなるものであり、さらにいえば大学のDX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するためのインフラがIRであると私は考えています。

  • PBL:プロブレム・ベースド・ラーニング、プロジェクト・ベースド・ラーニング

日本の大学の現状とIRの進捗状況

① 2000年度~2040年度の18歳人口・進学者数・進学率
日本の18歳人口の減少にともない、進学者数も減少すると予想される。高等教育を受けた人が減ることによって、日本の持続的な成長や発展が停滞することが不安視されている※1

② オンライン授業について / ③ オンライン授業の評価アンケート
2021年3月に行われた調査では、昨今のコロナ禍の影響もあり大学の授業に関して約6割が「オンライン授業がほとんど・すべてだった」と回答。また半数以上が「満足」と評価しており、オンライン授業の定着など授業の在り方が変わってきている※2

④ 全学的なIRを専門で担当する部署の設置状況 / ⑤ IRを専門で担当する部署に、専任の教員を置く大学
大学のさまざまな成果や課題を可視化し、分析するための全学的な組織として、IRを専門で担当する部署を設けている大学は2015年度から2019年度にかけて15%ほど増えている。しかしIRを専任とする教員を置く大学は2019年度でも2割に届かず人材不足が危惧される※3

  • ※1
    文部科学省/「大学への進学者数の将来推計について」より作成
  • ※2
    文部科学省/「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査(結果)」より作成
  • ※3
    文部科学省/「令和元年度の大学における教育内容等の改革状況について(概要)」

日本の大学におけるIRに対する取り組みの現状と課題とは

ー すでに多くの大学でIRの導入は進んでいるのでしょうか。

法人評価でIRの充実が求められている国公立大学はもとより、私立大学においてもIRを整備する大学は確実に増えています。

とはいえ、まだまだ課題は山積しています。18年度以降の私立大学等改革総合支援事業では、IRの企画や実施方法に関する高等教育プログラムを受けた教員、またはIR研修を定期的に受講する担当者を配置することを求めていますが、各大学の人的リソースには限りがあるため対応に苦慮しているのが実情です。

大学教育学会や日本高等教育学会の会員が所属している大学院の教育を通じてIR人材を育成しており、修士や博士の学位を持つ人が大学のIR担当者として赴任するケースもありますが、ほとんどの場合が有期契約で、任期を満了するとほかに移ってしまいます。その短い期間内でIRの知見を伝承することは困難で、継続的に人材を供給できるスキームを確立しなければ、今以上に多くの大学にIRを普及させることはできません。

数学や統計学のスキルだけでは足りない。IR人材育成の困難

― IR人材には具体的にどんな知識やスキルが求められるのですか。

IR人材はさまざまなデータを専門的に扱い分析を主導することから、データサイエンスに関する高度なスキルが求められます。

しかし、各大学が目指している高等教育の方策や学生の多様なニーズなど、大学という組織そのものの運営に関する知識と勘所を備えていないと、IRの職務を担っていくことはできません。

そこで既存の教員に対する研修やリカレント教育※を通じて、IR人材の採用とともに組織内でもIR人材の育成を図っていく両面作戦を展開していくことが必要なのですが、先にも述べたようになかなか手が回りきらないのが現実です。

  •  リカレント教育:生涯にわたって、教育と就労のサイクルを繰り返し、仕事で求められる能力を磨き続けること

単独でIRに臨むのは困難。複数の大学組織が共にパートナーと組む方法も有力な選択肢に

― 足りない人材やスキルを外部から調達する手もありそうです。

教学マネジメントやIRに関する高い知見を有する外部企業のパートナーと組むという方法は、実は私がかつて代表会員を務めていた大学IRコンソーシアムでも議論したことがあります。

大学IRコンソーシアムは、現在では50以上の大学が参加していますが、設立当初は同志社大学、北海道大学、大阪府立大学、甲南大学などの8大学から出発した任意団体でした。これらの大学間で共同利用しているクラウド型IRシステムの開発を委託したITベンダーに、システム面だけでなくIR業務のサポートまで任せられないかと考えたのです。

この時点では機が熟しておらず結果として実現には至りませんでしたが、世の中を見渡せば、たとえば大学とITベンダーが手を携えてLMS(学習管理システム)の開発や運用に当たっているケースはいくらでもあります。

そういった意味では今後、IRの運用や人材育成、スキルトランスファーに関しても、大学がITベンダーとタッグを組む価値はあるのではないでしょうか。

そもそもIRを実践するためには巨額なIT投資が必要になることが多く、いわゆるマンモス大学といわれる大学以外の比較的小さな私立大学などが単独で臨むのは非常に難しいでしょう。大学IRコンソーシアムと同様に、複数の大学組織の連携による課題解決は不可欠であり、チームの一員としてITベンダーを加えることは、非常に有力な選択肢になると思います。

山田氏の注目POINT

  • 大学教育の在り方は、これまでの研究重視から教育重視へと転換
  • IRは教学マネジメント強化を支え、大学DXへのインフラとなる
  • IR運用の課題解決には他大学のほか、外部のITベンダーとの連携も有力な選択肢

ソリューションレポートキヤノンMJグループ ソリューション

教育DXを支援するワンストップソリューションで全学的な教学マネジメント構築を強力に支援

少子高齢化にともなう生産年齢人口の減少、デジタル化やAIの普及による産業構造の変化など、将来を予測することが困難さを増している現代、自律的に生き抜く学生を育むため、大学には「学修者本位の教育」への転換が求められています。そうした中で各大学は教学マネジメント強化に向かっており、自大学をデータに基づいて客観的に分析するIRの果たす役割が重要となっています。

こうした背景から多くの大学がIR組織を設置して大学改革を推進していますが、一方で、「スキルを持った人材が足りない」「データが散在している」「巨額のIT投資に耐えられない」といった困難に直面しているのが実情です。

この課題を解決すべくキヤノンITソリューションズでは、明治大学や東京大学など多くの大学で実績を重ねてきた教育機関向けソリューション「in Campus」シリーズの新しいラインナップとして、「in Campus IR」の提供を開始しました。大学内に散在しているデータを教学マネジメントデータベースに統合し、分析ならびに可視化を行うことで、教育の質向上を支援するソリューションです。

単なる支援ツールの提供ではなく、各大学の環境や用途に合わせた多彩なサービスを提供しています。

たとえば「基本導入サービス」では、教学マネジメントデータベースの構築を支援するとともに、プロトタイプとなる3種類の標準ダッシュボードを提供します。これにより人材が不足している大学でも短期間でデータ分析や可視化を行うことが可能となり、IRの運用を低コストでスタートさせることができます。また、独自のダッシュボードの追加はもちろん、各大学の環境に合わせてデータ連携の仕組みや出力レポートのカスタマイズといったご要望にも対応します。さらに、そもそもIRをどのように運用すればよいのか分からないという学校向けには、より上流からの「業務支援・コンサルティングサービス」を提供し、データに基づくエビデンス経営や活動をサポートしています。

将来的には教学マネジメントデータベースに統合されたデータを分析・可視化するだけでなく、学生一人ひとりにとって最適な学修プランを提案するレコメンド機能の実装も見据えています。コンサルティングからシステム構築、保守、定期的な運用相談といったサービスを組み合わせることで、継続的な「教学IR」の運用をトータルでサポートし、「教育の質保証」と「学修者本位の教育」の実現に貢献していきます。

「in Campus IR」概要図

「基本導入サービス」をはじめ、「データ連携サービス」、「ダッシュボード作成サービス」、「業務支援・コンサルティングサービス」といった各種サービスを用意し、各大学の環境や用途に合わせ導入が可能。さらに、学生個人の学修成果の蓄積・可視化を行う「in Campus ポートフォリオ」、学内に流通する情報を統合管理し、学生、教員や教務スタッフが情報を共有・発信する「in Campus ポータル」など「in Campus」シリーズの各種サービスとの連携により、「教育の質保証」と「学修者本位の教育」の実現を支援する。