迫りくる「2025年の崖」を乗り越え、DX推進のための必須の取り組み
C-magazine 2023年夏号記事
2023年6月1日
経済産業省が「DXレポート」を発表してから数年が経過し「2025年の崖」が2年後に迫る。日本企業は同レポートで示されたレガシーなITシステムに関する課題をどこまで克服し、DXを推進できているのか。残念ながらDXの本質がビジネスモデルの変革であることを理解しておらず、前段階のデジタライゼーションでとどまっている企業が少なくない。「2025年の崖」を乗り越えるためには何が必要なのか、東京理科大学 経営学部 国際デザイン経営学科 教授の飯島淳一さんに聞いた。
既存システムの複雑化、ブラックボックス化がDXを阻んでいる
ー あらためて「2025年の崖」とはいかなるものか、教えてください。
「2025年の崖」という言葉は、経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート」の副題にある「~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」の中で示されたもので、その骨子は次のようなものとなっています。
多くの経営者は、将来にわたる自社の持続的成長や競争力強化のため、デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出または柔軟に改変するデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性について理解しています。
しかし、既存システムが事業部門ごとに構築されており、全社横断的なデータ活用が進んでいないのが現状です。また、システムの導入時や改修の際の過剰なカスタマイズにより、複雑化・ブラックボックス化しています。
経営層がこうしたレガシーシステムの弊害を解消し、DXを推進するため、業務自体の見直し、すなわち経営改革を求めても、事業部門などの現場サイドからは変化に対する強い抵抗を受けることも少なくありません。
こうした課題を克服できない場合、企業は25年以降、年間で最大12兆円の経済損失が生じる可能性があると警告を発したのが「DXレポート」における「2025年の崖」です。これは、全社横断的なデータ分析・活用ができていない現状に対する指摘だと私は受け止めています。DXの進展どころか、DXの前提条件すら整っていないことが、問題の本質なのです。
DXで目指すべきはビジネスモデルの変革であり、デジタル化はその前提
ー 飯島さんご自身は、DXはどうあるべきと考えますか。
DXについては、さまざまな定義がなされています。例えば、「デジタル技術と業績改善のためのビジネスモデルの利用による組織の変化である」(Michael R. Wade, 2015)、「既存のプロセスを改善するためのデジタル技術の活用と、潜在的にビジネスモデルを変えることができるデジタルイノベーションの探求の両方を含んでいる」(Sabine Berghaus et al., 2016)、「プロセス、顧客体験、価値を根本的に変えるために、新しい技術を適用することを意味している」(IDC, 2019)などです。
これらの定義に共通するのは、DXの本来の目的はデジタル技術を活用したビジネスモデルの変革にあるということです。私も全く同じ考えを持っています。また、DXを実現するためにはデータやプロセスのデジタル化が前提となることは、言うまでもありません。
単なる業務の置き換えや機器のリプレースだけではなく、ビジネスのリデザインが必要
ー 日本企業におけるDXの取り組み状況をどう捉えていますか。
アイルランドのIVI※1が開発した評価指標として知られるDRA※2に基づくコロナ禍前の調査結果では、日本企業のデジタル活用は、特定の業務プロセスをデジタル化するデジタライゼーションのレベルにとどまっており、米国や欧州の後塵を拝していることが明らかになりました。
先に述べたとおりDXの目的はデジタル技術を活用した変革であり、ビジネスモデルそのものの再定義・再設計に当たります。単に業務をITで置き換えたり、老朽化した機器を新たな機器にリプレースしたりするというリエンジニアリングではなく、リデザインを行うことが必要なのです。
ところが多くの日本企業は、その前提となるデジタイゼーションやデジタライゼーションを実施しただけで、DXに取り組んだ気になっているのではないでしょうか。いま取り組んでいることが本当にリデザインに当たるのかどうか、あらためて熟慮すべきです。
― 見方を変えれば、DXの前提となるデータやプロセスのデジタル化が中途半端なことで、ビジネスモデルのリデザインという発想が生まれにくいという実態もありそうです。
多くの日本企業において依然として紙と電子が混在した環境下で業務が進められており、データの統合や連携も不十分です。
強く訴えたいのが、"一度入力したものは、再度入力させない"という原則を常に頭において考えることです。ところが、これに反する情報システムはいたるところで目にします。繰り返しになりますが、原因は業務や部門ごとに分断された情報システムのサイロ化にあり、この状態を放置したままでは、業務の全体像がますます見えなくなってしまいます。
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※1
IVI:Innovation Value Institute
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※2
DRA:Digital Readiness Assessment
「2025年の崖」に向かう日本の現状(編集部作成)
① 「DXレポート」が警鐘を鳴らす「2025年の崖」
経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」では、2025年までにITに関する経営面、人材面、その他の指標が改善されなければ、年間最大12兆円の経済損失が発生すると指摘している※1
② レガシーシステムの更新状況
基幹システムにどの程度のレガシーシステムが残っているかを聞いたアンケート結果によると、更新が進む一方で、取引システムなどの基幹システムにおいては約6割の企業が未だに旧来のシステムを利用していると回答している※2
③ IT投資で解決したい短期的な経営課題
短期的なIT投資の目的についても、未だに「業務効率化」が最も多く、次点においてもテレワーク、ペーパーレス化などの「働き方改革」となっている。DXの本質である「ビジネスモデルの変革」や「商品・サービスの差別化・高付加価値化」との差を見るとDXにはほど遠い※2
④ DX推進上の課題
DX推進上の課題として「人材・スキルの不足」と回答した企業が47.1%と最も多く、DXにおいて必要不可欠な人材を確保できていない企業の苦しい状況が調査結果からも分かる※3
⑤ 国内ITサービス市場の年間平均成長率の予測
「DXレポート」では2025年までにITサービス産業の年平均成長率が6%となることを「2025年の崖」回避の指標の1つとしているが、IDCによる発表によると、国内ITサービス市場は緩やかに伸びてはいるものの、2022~2027年の年間平均成長率は2.9%と予測している※3
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※1
経済産業省/「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」より作成
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※2
日本情報システム・ユーザー協会/「企業IT動向調査報告書2022 ユーザー企業のIT投資・活用の最新動向」より作成
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※3
IDC Japan/「国内ITサービス市場予測を発表」(2023年4月4日)より作成
事業や業務について理解できる"質"の向上こそが、IT人材育成に求められる
ー そうした情報システムの課題を解決していく上で、IT人材の不足という問題も叫ばれています。
確かに2030年に45万人のIT人材が不足するとされていますが、重要なのは人数という"量"の問題ではなく、"質"の問題であると考えます。
ITシステムは、企業や組織における活動の一部を機械や技術によって代替するものです。したがって、事業創造や製品・サービスの付加価値向上、業務のQCD(品質・コスト・納期)向上を実現させるためには、対象となる業務そのものの理解が不可欠なのです。技術に詳しい人材がどれだけいるかという"量"ではなく、技術のみならず事業や業務を理解しているかどうかという"質"こそが、IT人材には求められています。
ところが、現在のIT人材に対する高等教育は、技術に関する教育が中心で、事業や業務への理解といった部分の教育が欠落しているといっても過言ではありません。日本の工学系の学部では、経営情報に関する教育はほとんどなされておらず、逆に経営学や商学系の学部では高度な技術的教育が必ずしもなされていません。このようなギャップが、現在の問題の根幹にあると思っています。
デジタルを利活用して変革を遂げていくためには、人間そのものの理解が必須
― 多くの課題を抱えながらもDXを推進し、「2025年の崖」を乗り越えなければならない日本企業を支えるために、今後のIT産業にどのようなことを期待しますか。
JISA(一般社団法人情報サービス産業協会)の定義によれば、IT産業は、「コンピュータ機器製造業」「通信産業」「情報サービス産業」の3つに区分されます。
この中で今後の中心となるのは、間違いなく「情報サービス産業」でしょう。さまざまなデジタル技術を使って、どのような製品やサービスをどう提供するのか。その変革に向けて、重要な役割を担っているのが情報サービス産業にほかなりません。そう考えたとき、製品やサービスの利用者、その利用シーンに対する理解が不可欠であり、そうした観点で考えられる人材の育成なくして産業としての成長もあり得ません。
なお、日本では「IT」と「デジタル」という2つの言葉が混同して使われがちですが、実はそこには明確な違いがあることも認識しておくべきです。
台湾のデジタル担当大臣を務めたオードリー・タン氏は、あるスピーチの中で、「『IT』は機械と機械をつなぐものであり、『デジタル』とは人と人をつなぐものである」と語りましたが、この言葉はまさに的を射ています。
デジタル技術を利活用して変革を遂げていくためには、人間そのものに対する理解が必須であることを、今一度述べておきたいと思います。
飯島氏の注目POINT
- DXの真の目的は、「ビジネスモデルの変革」にある
- 事業や業務への理解がなければ、ITの効果的な利活用はできない
- DX推進に向けて、情報サービス産業はますます重要な役割を担う
ソリューションレポートキヤノンMJグループ ソリューション
企業間の取引関係書類を集約して一元管理し、円滑な情報連携を通じて、業務プロセス変革に貢献
生産年齢人口の減少やコロナ禍を経たリモート環境での新たな働き方など、経営を取り巻く環境が急激に変化する一方、改正電子帳簿保存法(以下、電帳法)やインボイス制度への対応は、企業にとって重要性が高まっています。業務負荷はますます増加し、取引関係書類の電子化や業務のデジタル化による業務プロセス変革が必要となっています。
こうした社会課題に応えるため、キヤノンMJグループではデジタルドキュメントサービス「DigitalWork Accelerator」シリーズを展開。その第一弾として、電帳法やインボイス制度に対応するとともに、業務プロセス変革を促進するクラウドサービス「DigitalWork Accelerator 電子取引管理サービス」を、2022年12月に提供開始しました。
本サービスでは、取引関係書類の一元管理、紙書類の電子化・承認・保管の業務プロセスを重視した情報管理の仕組みを、電帳法に対応した形で利用できます。注文書や請求書などの取引関係書類へのタイムスタンプ付与、承認ワークフローでの申請・承認、電帳法に準拠した長期保管を実現することで、税務調査時の業務負荷を軽減。各業務の取引関係書類を集約し、部門間を横断した検索と利活用にも貢献します。
また、デジタルドキュメントソリューション分野でのノウハウや、キヤノンITソリューションズが開発したAI OCRエンジンを活用することで、企業間取引のDXを支援。キヤノン製品だけでなく、他社製品を含めた幅広いインプットデバイスにも対応しているため、データ連携も容易です。さらに、業務プロセス全体の最適化に加え、キヤノンMJグループが提供するBPOサービスを組み合わせることで、財務会計・経理部門を中心としたバックオフィス業務のDXや負荷軽減にもつながります。
お客さまからは、シンプルで分かりやすい操作性や会計システムとの容易な連携、その結果として、書類登録やインデックス情報の入力など現場の業務負荷軽減につながることを高く評価いただいています。
キヤノンMJグループは、長年にわたって培ってきたデジタルドキュメントソリューションに関するノウハウと、業務起点の発想力を生かしてお客さまに寄り添い、ビジネス変革への取り組みを一貫してサポートします。今後も多様な業務プロセスに対応した業務サービスの拡充や他システムとの連携、業種別サービスの強化を図り、お客さまのビジネスの加速に寄与していきます。
お客さまの業務プロセス変革と経営資源である業務データの利活用を促進する、クラウド型のデジタルドキュメントサービス。2022年12月に提供を開始した「電子取引管理サービス」に加え、郵送やメールで受け取っていた請求書をオンラインで受け取ることにより、インボイス制度と電帳法に準拠し、業務の効率化を実現する「請求書受取サービス」の提供を23年5月に開始した。今後、業務別サービスや業種別サービスとの連携を強化し、業務プロセス変革の支援と新たな価値を創出するプラットフォームとしてサービスを拡充していく。