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「日本一安心できる街」を目指し、AI防災システムを導入。江戸川区とキヤノンITSの挑戦

2024年4月5日

挑戦を追う

前例がないことに直面したとき、人の反応はさまざまだ。前例がないことを理由にやめておこうと考える人がいれば、未知の領域に立ち向かい、目標に向かって進む“挑戦の道”を選ぶ人もいる。

東京都江戸川区の危機管理部は“挑戦の道”を選んだ。「公共事業」という失敗が許されにくい分野において、災害対策にAIを活用するという決断を下したのだ。そこには「日本一安心できる街にしたい」という江戸川区の強い想いがあった。

今回、そのような志を持った江戸川区の担当者と、その志を先端技術で支えたキヤノンITソリューションズ(以下、キヤノンITS)の担当者に、これまでの道のりを振り返り、未来を語ってもらった。


お話しを伺ったメンバー

  • 江戸川区役所 危機管理部 係長 長島 広幸さん(前列右)
  • 江戸川区役所 危機管理部 主事 吉岡 亘輝さん(前列左)
  • キヤノンITソリューションズ ITサービス技術統括本部 シニアITアーキテクト 佐藤 岳志(後列右)
  • キヤノンITソリューションズ R&D本部 アドバイザリーITアーキテクト 入江 建志(後列左)

首都直下地震時の火災リスクに備える

災害大国ニッポンにおいて安全な地域を探すのは難しい。東京23区の東部に位置する江戸川区も例外ではない。三方を江戸川、荒川、東京湾に囲まれ、区面積の7割が海抜ゼロメートル地帯。また、区民の約5人に1人は65歳以上の高齢者(2024年2月現在)となっている。

「特に問題視していたのは、江戸川区には木造住宅密集地域がいくつかあり、いざ火災が起きるとすぐに延焼してしまう可能性があるということです。首都直下地震による大きなリスクの一つでもあります」と話すのは、江戸川区役所 危機管理部の長島さん。

そのようなリスクを軽減するための重要な手段の一つとして、江戸川区は防災システムにAIを活用する道を見出した。とはいえ、自治体、ましてや防災となると話はそう単純にはいかない。AIを災害対策に活用することでリスク軽減が期待できる一方、住民の命をあずかる分野だけに、より一層慎重な姿勢が求められるのは当然のことだからである。

AIが煙を検出、場所は地図をクリックするだけ

煙検出AI連携サービス(サンプル画像)

江戸川区では、以前より防災のために高所カメラを設置している。ただ、どこで災害が発生しているのかをカメラ映像から素早く特定するのは難しいという課題があった。

「カメラの取り替え時期が迫っていたこともあり、複数の企業に問い合わせてその課題解決を模索しました。当時、のちに導入することになったソリューションは完成前でしたが、ほかの防災システムとの連携がとりやすいこと、AI活用にも積極的だったことなどから、キヤノンITSさんと一緒に新しい防災システムをつくっていくことに決めました」と長島さんは言う。

こうしてスタートした本プロジェクトで、キヤノンITSが用意したのは、「煙検出AI連携サービス」と「カメラ地図連携アプライアンス」というソリューションだ。

カメラ地図連携アプライアンス(サンプル画像)

煙検出AI連携サービスは、高所カメラなどで撮影された画像からAIが煙を検出して通知するサービスだ。キヤノンITSが得意とするAIを使った画像解析・認識技術が土台となっている。

カメラ地図連携アプライアンスは、カメラと地図を連携させ、地図上で確認したい地点をクリックすると自動でカメラがその方角の映像を表示してくれる。カメラ自体を操作して位置を定めていたこれまでのシステムに比べると、はるかに直感的な操作ができるようになった。住所を入力してカメラを操作することもできる。

将来的には、この二つを組み合せ、カメラで撮影した画像をクラウドに送り、画像からAIが煙を検出するとメールでアラートを出し、さらに、カメラと連携させた地図によって撮影地点の実際の映像が表示される仕組みも提供される予定だ。

キヤノンITSの佐藤は、「弊社ではすでに、農業分野などでAIによる画像解析の実証実験を行ってきました。防災用途での活用は初めてだったものの、これまでの素地があったので必ず江戸川区さんのニーズに応えられると思いました」と振り返る。

構築期間を経て運用がスタートしたのは2023年4月。幸いこれまで、現在設置されている4台のカメラが監視対象としている範囲で火災は起きていない(2023年12月現在)。

カメラの操作など、より現場に近い業務を担当する江戸川区役所 危機管理部の吉岡さんは、「以前は区民や消防から火災の連絡が入ってからカメラを操作して『何丁目あたりらしい』と現場を探していました。ただ、カメラで現場を特定するのが難しく、そもそも通報からの対応では火災発生から時間が経ってしまいます。今はAIが自動検出して知らせてくれることになり、火災現場を特定しやすくなっただけでなく、何より初動対応が素早くできるようになりました。消防ともその分早く連携を取れますから、安心感は大きいです」と言い、加えてその操作性も評価する。

「地図をクリックするだけで、火災が起きているかもしれない場所の映像が瞬時に得られます。これまでに比べて直感的に操作できるので、システムを使える人も増えました。そういった点でも、リスクへの対応力が高まったと思います」

防災にAIを使う、自治体ならではの苦労

順調に進んできたプロジェクトのようだが、その舞台裏には自治体ならではの苦労もあった。

「前例がなかったんです」と吉岡さん。「自治体は一般的に前例を重んじます。煙検出はもちろん、AIを防災に使っているほかの自治体を見つけることができませんでした」と長島さんは重ねた。

その壁を突破し、防災にAIを導入するという判断に至ったのは、江戸川区の、今災害が発生すれば甚大な被害をもたらすという強い危機感と、これまで主体的かつ積極的に防災に取り組んできた姿勢が導いた結果ともいえるだろう。

防災には「まさか起きないだろう」「自分は大丈夫」といった正常性バイアスが働きがちだが、江戸川区は違う。地域が抱える不安の解消に組織として本気で向き合っている——。彼らは一丸となって防災に挑んでいるのだ。

導入後もより精度を上げるべく、継続的に技術的工夫を重ねている。例えば、雨の日にカメラレンズについた水滴を煙と誤って検出していた課題も、あらゆる検証を重ねて解決へとつなげた。

「AIは、導入して終わりではなく誤検出したものも学習させることで、精度を高めていくというプロセスが重要です」と、キヤノンITSで研究開発に携わる入江は説明する。

当然ながら、火災は起こさない・起こさせないことが最善。だから、火災で発生するこんなパターンの煙のデータがほしいとなっても、すぐに十分な量を集めることは難しい。では、どうしたのだろうか?

「CGで煙の画像をつくりAI学習に用いることにしました。現在では、誤検出の数をかなり減らすことができています」

区民を災害リスクから守るために、現状を変える

現在運用しているカメラは4台。江戸川区全域を網羅できる台数とはいえない。今後は高所カメラ以外のカメラも用意する計画が明かされている。消防や警察との連携強化も検討しているそうだ。

さらに、今回のプロジェクトが危機管理に携わる職員から高評価を受けたため、より被害が大きくなると想定される水害対策も進めることに。キヤノンITSとともに、河岸に設置したカメラの画像からAIを使って水位を計測する自動監視プロジェクトに着手した。

「周囲を一級河川と海に囲まれているので、巨大な台風がくれば、高潮や増水のリスクがあります。キヤノンITSさんに相談をしたら、AIを使って自動監視ができるということでした」

こちらも前例となる自治体を見つけることができなかったが、やる意義はあると判断した。「将来的には、災害の対応だけでなく、データを蓄積して災害予測システムを構築していきたい」と、長島さんは語る。

区民の生命や財産を守る挑戦は、これからも続く

江戸川区が立ち向かう挑戦にキヤノンITSが技術の力で応える。災害をはじめとした深刻な社会課題を解決していくには、官民協業は不可欠だ。このプロジェクトは、一つの理想的な官民のパートナーシップとなったのではないだろうか。

「現場にいると、『不便だな、課題だな』と思うことが少なくありませんが、私たちだけではそれを解決するすべにたどり着けないこともあります。キヤノンITSさんから最新技術を教えてもらったり、課題解決につながる技術を提案してもらえたりするのは、とてもありがたいですね」と吉岡さん。

佐藤は次のように答えた。

「地域の課題にもっとも近いところにいるのが自治体職員の方々。私たち民間企業が一緒に解決したり支援したりすることで、社会が少しずつ良くなっていく。やっていてこんなにうれしいことはありません」

さらに佐藤は続ける。「深層的な課題があって、そこからさまざまな社会課題が派生していると思います。つまり大事なのは、深層的な課題を解決することではないでしょうか。そのためにも社会課題を“深掘り”して、そもそもの課題をお客さまとともに探っていくプロセスが大切です」

入江も同じ志を抱く。「『こういう技術があるから、そのままお客さまに使ってもらう』といった一方通行の時代ではありません。複雑化した課題をお客さまとともに探り、解決すべき課題を明確にした上でそれに合った技術を提供したいです」

「自治体だけでは社会インフラはつくれません。私たちがモデルケースになって、ほかの区とも情報交換しながら、より良い社会にしていきたいですね」と、長島さんもこれからの想いを語る。彼らの視点は同じ方向を向いているのだろう。

モデルケースとなるような、先進的な挑戦をもいとわない姿勢はどこから来るのだろう?

長島さんは「基本的に、新しいことにチャレンジするのが好きなんです」と笑ったあと、「江戸川区民の約69万人(2024年2月現在)が常に災害リスクにさらされています。区民の生命や財産を守ることは自治体の責務。その責務を果たすためにも、今回のプロジェクトのような取り組みを続けていきます」と真剣な表情を見せた。日本一安心できる街の実現に向け、これからも江戸川区とキヤノンITSの挑戦は続く。

キヤノンITSが提供する防災システムについてはこちら


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