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創造性を劇的に高める思考法とは?
『デザイン思考2.0』著者、松本 勝さんに訊く

2023年12月1日

今、さまざまな企業が「イノベーション創出」を掲げ、新規事業開発に取り組んでいる。

しかし、イノベーションはそう簡単に起こせるものではない。特に難しいのが、「事業に結びつく課題を見つける」こと。新規事業開発に向き合う中で、問題定義やアイデア創造の壁に直面している人も多いのではないだろうか?

そこで近年、イノベーション創出に欠かせない思考法として注目を集めているのが「デザイン思考」だ。なぜ、「デザイン思考」は課題発見や創造力向上に貢献するのか? どのように身に付けることができるのか? 『デザイン思考2.0 ~人生と仕事を変える「発想術」~』の著者であり、デザイン思考テストを展開するVISITS Technologies株式会社(以下、VISITS)代表取締役の松本 勝氏に話を訊いた。

AI時代に人間が価値を発揮できるのは、「問いをデザインする力」

ー 今日は「誰でも創造性を高められる思考法」として、「デザイン思考」について詳しく伺っていきたいと思います。まずは、松本さんが代表を務められているVISITSは、どのような事業を行っている会社なのか教えていただけますか。

当社は2014年に設立したITスタートアップで、企業や行政、教育機関のイノベーション・DX支援を行っています。

イノベーションを創出するためには、主に二つのアプローチがあります。一つ目が個人の創造性。二つ目が、その個人の創造性を生かし、新規事業に結びつける意思決定ができる組織であるという、企業の創造性。この二つがそろうことが必要です。私たちは、両方の成長をサポートする事業を行っています。

VISITS Technologies株式会社 代表取締役 松本 勝 氏

― なぜ、そのような事業を展開しようと考えたのでしょうか。 

20年近く前、私は新卒で金融機関に入社し、トレーダーとして働いていました。そこで当時まだ世の中には浸透していなかったAIを学び、自分たちの仕事を自動化することにチャレンジしていたんです。数年後にはほとんどの取引をAIで自動化できたのですが、同時に弱点も見えてきました。それは、「共感力」がないということ。AIは、目的の達成に向けて最適な方法を導き出すことは得意ですが、人が困っていることに共感し、どんな目的を達成すれば人が喜ぶのか? という問いを立てることはできないんです。それができるのは、感情を持った人間だけ。すなわち、これからAI技術が発展していく中で、人間が価値を発揮できるのは「問いをデザインする力」だと考えたのです。

日本の教育は初めから問いが与えられ、その解き方を学びさえすれば良い仕組みになっているため、「問いをデザインする力」を鍛える機会が足りていない。そこで海外の事例をリサーチする中で出合ったのが、共感を起点に問題定義を行うデザイン思考だったのです。そのエッセンスを日本向けにアレンジし、誰もが再現できるようにフレームワーク化して公開したり、創造力を客観的に数値化できるようにしたりしました。

ー 現在、デザイン思考はイノベーション創出に必要不可欠な考え方として、注目を集めていますね。

デザイン思考は、システム工学やデザイン工学の分野で古くから知られている考え方で、デザイナーが理想の世界や体験を思い描き、そこから逆算してデザインしていくというアプローチです。これをビジネス分野に応用すると、人の心の奥底にある潜在ニーズを見つけ出し、それを実現する方法を逆算してプロダクトやサービスを作るというアプローチになります。

既定路線で進める事業であれば、市場分析や過去の事例分析からロジカルに戦略を立てるアプローチは有効ですが、世の中を変革するようなイノベーションを創出しようとする場合、まだ市場もサービスも存在しないのでロジカルな分析が難しく、過去からニーズを拾い上げることもできません。だからこそ、「何を求め、どんな体験に心が動くのか」という人の気持ちを徹底的に考察することで、まだ見ぬ市場を創出することも可能になるのです。

欲求への解像度を高め続けると、潜在ニーズが見えてくる

ー ではさっそくですが、デザイン思考のフレームワークについて教えていただけますか。

はい。デザイン思考には「共感→問題定義→創造→プロトタイプ→テスト」という5つのステップがあります。

潜在ニーズは顧客が言語化できていないものです。ですから、まずは顧客に「共感」し、インタビューや体験を通してその人が困っていることを発見する必要があります。そこで見つけた課題(問題定義)を解決するためのアイデアを生み出し(創造)、試作品(プロトタイプ)を作って仮説検証(テスト)し、フィードバックをもとに改善する。このステップを繰り返しながらプロダクトやサービスを磨いていきます。

―「共感」からスタートするのですね。共感力は人によって差があるように思いますが、高める方法はあるのでしょうか。

共感力を高めるというよりは、人の欲求に対する解像度を高めていくトレーニングをすることがポイントです。人間のニーズって、「ある欲求」を持っている人が「あるシーン」に出合ったときに生まれるものなんです。

例えば、「30代男性のビジネスパーソン」というペルソナを設定しても、その人のニーズをあまりイメージできませんよね。そこから、「30代男性のビジネスパーソンが駅にいるとき」と定義すると、少し解像度が上がります。さらに「混雑した駅で改札を通るとき」、「せっかちで急いでいる人」などと解像度を上げていくと、ニーズも見えてきますし、その人に対する共感度も高まります。そのための手法がユーザーインタビューであったり、実際にその人の気持ちになって改札を通ってみる体験だったりするわけです。

デザイン思考のプロセスで陥りがちなのが、「共感」「問題定義」を駆け足で進めて、次の「創造」のステップに注力してしまうこと。でも実は、問題定義の段階で勝負は半分ぐらい決まっているんです。つまり、良質な問題を定義できれば、それを解決に導くことができたときの社会的インパクトも大きくなるということ。人々の共感度が高く、まだ実現されていないニーズや、それを実現したときの新規性や独自性が高いソリューションを定義することが重要です。

分かりやすい例では、某衣料メーカーの薄いけれど暖かい機能性インナーがあります。それが発売されるまでは、「暖かく快適に過ごしたい」というニーズと「おしゃれをしたい」というニーズはトレードオフの関係にありました。どちらかを追求したい場合は、一方を犠牲にしなければならなかったのです。その両方のニーズを統合し、それに応える商品として生み出されたことで、機能性インナーは爆発的なヒットとなりました。このようなアプローチを「統合思考」と呼び、デザイン思考を高度に進めるための手法として有効です。

イノベーションは、全くゼロの状態から新しいものを生み出すわけではありません。先ほどの例だと「暖かく快適に過ごしたい」「おしゃれをしたい」という、既にあった二つのニーズを掛け合わせることによって、新たな価値が生まれました。組み合わせたことのない既存のもの同士を組み合わせる「新結合」により、新たな価値を創造することが、イノベーションの本質なんです。

デザイン思考は、後天的に鍛えることができる

ー 現状、デザイン思考が苦手であっても、練習すれば思考力を高めることはできるのでしょうか。

そう思います。先ほど申し上げたデザイン思考のフレームワークを理解し、日ごろからトレーニングを積めば鍛えることができます。例えば、ランチのときに「同じような味で価格帯も変わらないのに、どうして片方の店だけ混んでいるのだろう?」と疑問を抱いてみる。「混んでいるな」で終わらせるのではなく、店の雰囲気や店員さんの笑顔など、ユーザーが価値を感じていることを観察してニーズの仮説を立ててみるんです。デザイン思考はトレーニングするほど精度が高まっていくので、普段からアンテナを立てて生活することをお薦めします。

― そうしたデザイン思考の能力を評価することは出来るのでしょうか。

はい。デザイン思考を世の中に普及させていくためには、その能力値を表す客観的な指標と、その数値を継続的に高めていく仕組みが必要です。そこで私たちは数年間にわたる研究活動を経て、デザイン思考力のスコアリング技術を開発し、日米で特許を取得しました。

この技術を活用し開発した「デザイン思考テスト」は、現在のべ33万人以上が受検しています。このテストはアイデアを生み出す「創造セッション」と、人のアイデアを評価する「評価セッション」に分かれており、ニーズを発見する力や新しいソリューションを創造する力だけでなく、ニーズの強さを見抜く力やソリューションの革新性を見抜く力も算出できるところが大きな特徴です。

― かなり詳細に算出されるのですね。業種や部署などでスコアの傾向はあるのですか。

部署ごとの違いは顕著です。例えば、ある企業では経営企画やマーケティング・営業など企画系の部署の平均点が高く、研究部門の平均点は低いという結果が出ました。

これは、創造性の高い人が企画系の部署に配属されているという側面もあるかもしれませんが、逆に配属された部署の環境によって思考力が鍛えられた結果と捉えることもできます。私は後者の要因が大きいと考えています。

企画系の部署では、顧客の心の動きから目的を考える習慣が付いています。一方で研究部門の人たちは、解決すべき課題が最初から決まっているケースが多く、その実現のための技術開発に注力することが求められてきました。そのような環境の違いが、数値に大きく影響したのではないかと思います。それは、デザイン思考の素質は先天的に決まるものではなく、後天的に高めていくことができるということも意味しています。逆に言えば、技術部門の方がデザイン思考力を高めていくことによって、顧客の課題とそれを解決する技術を結びつけやすくなり、それがイノベーションの源泉になる可能性も高まるわけです。

ー ちなみに、キヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)グループでも「デザイン思考テスト」を全社的に導入しています。テストの結果をさらに有効活用する方法はありますか。

大手企業で全社的にテストを導入していただいているケースはそこまで多くなく、キヤノンMJグループのイノベーションや創造性に対する熱量の高さを非常に強く感じています。

活用の方法としては、客観的なデータに基づいた採用や人材育成、人材配置やチーム編成などが挙げられます。例えば、ニーズを見つけるのが得意、アイデアを考えるのが得意、それらを評価するのが得意など、タイプを診断することができます。いずれの人材もイノベーションに欠かせないので、それぞれの強みを持った人たちが組み合わされれば、よりイノベーションが生まれやすくなる可能性があると思います。

また、近年話題となっている人的資本情報の開示という観点でも、価値創造人材の割合を客観的な数値で示したり、KPIを設定して継続的に高めたりすることで、市場の競争力向上に貢献できるのではないでしょうか。

デザイン思考は、人生そのものを豊かにする

ー 最後に改めて、これからの時代にデザイン思考が必要とされる理由を教えてください

近年、業種を問わずあらゆる企業のIRや中期経営計画で「イノベーション」「DX」「SDGs」といったキーワードを目にしないことはありません。いずれも変化し続ける世の中に対して、既存のビジネスモデルをリデザインすることが求められています。特に変化が目まぐるしい今の時代においては、既存事業のビジネスモデルが1〜2年後に通用しなくなる可能性もあります。AIが席巻する社会となっても、人が困っていることに共感し、どんな目的を達成すれば人が喜ぶのか? という問いを立てられるのは人間だけです。人にしかできない力を発揮し、世の中の変化にいち早く対応して大きな変革を成し遂げるためにも、デザイン思考は欠かせないと考えています。

ーご著書の中で、デザイン思考はプライベートにも役立つと書かれていますね。

はい。私はボディビル、アームレスリング、最近ではフィジークと、ずっとトレーニングと自己管理が求められるスポーツに向き合ってきました。特にフィジークはただ筋肉を大きくすればいいのではなく、さまざまな部位の筋肉をバランスよく鍛えることが重要です。ですから、まずは世界のトップコンテストの動画を研究し、どういう身体が上位に選ばれるのか、今の審査基準に沿った理想的な肉体とは何なのかをイメージし、そこから逆算して鍛えるべき部位やトレーニングと栄養のメニューを決めています。このアプローチはまさしくデザイン思考、ボディビルディングならぬボディデザイニングですね(笑)。

もちろん、理想の状態を描いてバックキャストで今やるべきことを決めるという手法は、キャリアデザインにも役立てることができますし、仕事仲間や家族とのコミュニケーションを円滑にする手段としても有効です。デザイン思考は、仕事だけでなく、人生そのものを豊かにすることができると思います。

ー 本日はありがとうございました!

  • フィジーク:日々のトレーニングや食事などにより自身の体を作り、鍛えた体の美しさを競う競技。筋肉の大きさや脂肪の少なさではなく、全体的なバランスが重視される。

キヤノンMJグループは新たな価値を創造するために、社員のデザイン思考力の向上に注力しています。これまでも新規事業育成プログラム「Canon i Program」やイノベーションスキルを高めるための「イノベーションアカデミー」を希望参加型で実施してきました。

2023年はそれらに加え、対象をグループ社員全体に広げて1万人規模で「デザイン思考テスト」を受検しました。イノベーションスキルを可視化し、結果に応じた受験後の研修やワークショップなどを通じて、デザイン思考力の醸成を継続していきます。

今後もこのような活動を通じて、社員の課題発見力・解決力を高め、社会やお客さまの課題を解決する価値の創出を目指していきます。


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