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まだ見ぬ新しい世界にワクワクし続けたい。
人の心や本質の「謎を解く」アクセラレーターの、あくなきチャレンジ

2023年10月9日

——あらゆる環境が目まぐるしく変化し複雑化する時代において、企業には新たな価値の創出や、課題解決に向けたイノベーションの推進、新規事業の開発が求められている——

さまざまな場で何度も語られていることだが、実現していくのは容易ではない。課題解決に対するあくなき情熱と、ビジネスとしての可能性を冷静に見極め検証していく目が必要だ。

「新規事業開発って『謎解き』みたいなものなんです。この人は何に悩んでいるのか? 何を望んでいるのか? を深く掘り下げていくと、本人が認識している課題と潜在的な真の課題が異なることがあります。そこを丁寧にひもときながら検討した解決策を充て、正解が見つかるまで何度も試していく。探偵のような根気強さが求められる難しさと面白さがあります」

そう語るのは、キヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)オープンイノベーション推進室の米元健二だ。

彼は、新規事業開発のアクセラレーターとして、キヤノンMJにおけるイノベーション人材の発掘・育成を行いながら、社内起業プログラムで採択されたプロジェクトに伴走し、事業化を推進している。

彼が、新規事業開発に打ち込み、まだない道を切り拓きながらプロジェクトをけん引する、その情熱の出どころはどこにあるのだろうか。同氏の“情熱の源泉” に迫る。

  • アクセラレーター:英語(accelerator)で、促進する人、加速させるものを表す言葉。事業開発の文脈では、イノベーターや起業家をサポートし、事業成長を促進する人やプログラムなどを指す。

「謎解き」を繰り返しながら伴走し、新規事業の芽を見つける

キヤノンマーケティングジャパン
オープンイノベーション推進室  米元 健二
キヤノンマーケティングジャパン オープンイノベーション推進室  米元 健二

「アクセラレーターと聞くと、新規事業の流れを知る方なら、起業家のメンターや壁打ち相手のような立ち位置をイメージするかもしれません。でも、私たちはチームの一員としてプロジェクトに深く携わり、一緒に事業をつくっていく動き方をしています」と米元は語る。

キヤノンMJは、「人」を価値創出の源泉と捉え、2025年までに2500名のイノベーション人材を育成するという目標を掲げている。イノベーションのベースとなるスキルやマインドを育てるワークショップや短期集中型育成プログラムを開催するほか、社内起業プログラム「Canon i Program(以下、CiP)」を運営し、イノベーション推進を積極的に展開。CiPでは、社内から募ったイノベーターが同じ志を持つメンバーと2〜3人のチームを結成し、6カ月にわたって新規事業のアイデアを形にしていく。最終審査を通過したチームは専任部署に異動し、その後ローンチ・事業化を目指す。

こうしたイノベーション推進に欠かせないのが、米元をはじめとするアクセラレーターの存在だ。外部ではなく社内にアクセラレーターを抱える例は、珍しいという。現在キヤノンMJに5名存在する彼らは、CiPに参加したイノベーターとともに新規事業アイデアの仮説構築、インタビュー、プロトタイピングなどを行うほか、最終審査通過後のローンチ・事業化に向け伴走している。

「社内で新規事業を立ち上げようと思ったとき、大抵の方は未経験です。まだ『勘』が掴めないので、さまざまなことをゼロから試行錯誤してしまい、時間とお金がかかってしまいます。ですから、私たちは新規事業開発のプロとしてチームに入り、『こういうことをやった方がいいよ』『これだとお金が回らず事業が立ち行かないね』など、俯瞰する目を持って方向を示しつつ、現場でイノベーターとともに走っているイメージです」

アクセラレーターにとって大切な素養は、この勘を導く「経験とナレッジ」だと米元は語る。事業として可能性のあるアイデアか、そのイノベーターが取り組むことに必然性はあるのか。論理や数値だけでは測れない、人の心理や性質を読み解く「謎解き」を何度も繰り返して、その素養を身につけていくという。

現在、米元が伴走し、キヤノンMJ内で事業化が進められている頭痛対策支援サービスも、そうした「謎解き」によって芽が出たプロジェクトの一つだ。このプロジェクトを進めるチームは、もともとは漢方に関するビジネスを計画していた。しかし米元が漢方市場を詳しく調査した結果、社内起業プログラムのスキームでビジネスを成立させることは難しいという結論に辿り着き、プロジェクト開始早々に大きな方向転換を図ることになった。

「そこでチームメンバーそれぞれに、深く踏み込んでヒアリングをしたんです。『なぜ、このアイデアなのか』『その課題を解決したいと感じた出来事は何だったか』など、人となりや起業の想いの源まで深掘りしていきました。そうした『その人が、課題に取り組む必然性』が、事業化を成功させるために大切な要素だと考えています」

ヒアリングを進めた結果、全員が“頭痛持ち”という共通項があることが分かった。

「みんな当事者なので、頭痛に対する課題意識の解像度が高く、出てくるアイデアにも厚みがありました。早速、頭痛の市場を調査したところ、まさにわれわれが取り組むべき課題があることを発見しました。このように、アクセラレーターにはアイデアの原石を磨くことはもちろん、ビジネスの実現可能性、マーケティングやマネタイズなどの事業戦略も含めて、“目利き”しながら伴走する力が求められます」

イノベーターからアクセラレーターへの転身、その想いは?

キヤノンマーケティングジャパン オープンイノベーション推進室  米元 健二

今でこそアクセラレーターとして社内起業家を支援する立場の米元だが、実はCiPの第1期生として、イノベーター側を目指したこともあったという。さらに遡ると、もともとは技術職としてキヤノンMJに入社した。

最初に配属されたのは、医療向けサービス事業。医療機器の設置や点検のほか、顧客へのヒアリングをもとにソフトウエアやシステムの改善にも取り組んだ。

「とにかく好奇心の塊で、新しいことを思いついたらすぐに試したくなってしまって。担当した病院内のシステムの使い勝手を良くしようとプログラムを書き換えたり、誰にも頼まれていない新サービスの企画書をつくって提案したりしていました。新しいソフトウエアがリリースされると、誰よりもたくさんバグを発見しようと躍起になっていましたね」

職務範囲を超えて動き回った結果、上司から怒られることも少なくなかった。「『報告』『連絡』『相談』が重要な“会社員”としてのレベルは、低かったですね」と、米元は笑う。

しかし、発見したバグ情報を全国の営業担当にメールで発信するうちに、やがて潮目が変わった。

「全国からいろんな質問や相談が私の元に集まるようになったんです。発信を繰り返した結果、『変わったヤツがいる』『困ったら米元に聞いてみよう』という認識が広がって」

そうした流れから、ソフトウエアの品質管理や教育を担うヘッドクォーター部門に異動することになった。職務範囲外だったことが自身の職務の一つとなり、迷惑をかけた上司から「そこまでやるんだったら、やり切れ」と背中を押してもらえたことも嬉しかったという。

異動先ではソフトウエアの品質管理などのほか、AIなどの機能開発や大学病院との共同研究などを経験し、その後メディカル領域の新規事業の部署で新規事業立ち上げにも携わることとなった。実務を通して徐々にイノベーターの素養が培われていくなか、時を同じくしてCiPの第1期がスタート。米元は迷うことなくエントリーした。

「やはり、新しいことに挑戦したいという気持ちが強かったですね。書類審査を通過してプログラムには参加できたのですが、残念ながら事業化への最終審査は通過できませんでした。ただ、そこでのチャレンジは非常に有意義なものでしたし、イノベーター気質の仲間たちと過ごした日々はとても刺激的でした。そこで、その後は社内公募制度を使って、現在所属するオープンイノベーション推進室に異動し、CiPの運営側に回ることを目指しました」

こうして米元は、イノベーターからアクセラレーターへと転身した。両者の違いはどんなところにあるのか。またアクセラレーターになることに抵抗はなかったのか? その問いに、米元はこう答える。

「多分、私はイノベーターには向いていないんです。イノベーターは『●●を解決したい』『自身と同じ悩みを持つ人の助けとなりたい』など、一つの世界を突き詰めたいタイプ。そして道端に落ちている石を見て『これ、磨けばダイヤモンドだよ』と見つけることができるような視点を持った人たちです」

一方、米元は「いろんな世界で、自分が見たことのないものにたくさん出合いたい」タイプだという。

「私は、一つのことをずっとやり続けるのではなく、さまざまな新しいことにチャレンジしていきたい。アクセラレーターの仕事は、踏み込めば踏み込むほど、さまざまなイノベーターが有する解像度の高い世界を垣間見ることができる。そこに面白さを感じます」

米元は、30歳を過ぎたとき、自分が大切にしている考え方や価値観を改めて整理してみたという。そこから導き出したのが、「見たことのない世界を見続け、感動していたい」ということだった。

「だから自分は新規事業開発に興味があるし、いろんな世界を見続けられるアクセラレーター側にいるのだと、とても腑に落ちたんです。自分自身の進みたい方向と、今の仕事が非常にマッチしている。これからも新しい世界を見続けたいし、見るだけで終わりではなく、何かをつくって残していきたいと考えています」

キヤノンMJのイノベーションはまだこれから。変わっていく景色を想像してワクワクする

新規事業のアイデアを事業化させるまでの道のりは険しい。CiPでも毎年10チーム前後のプロジェクトが立ち上がるが、事業開発フェーズに進むのはわずか1〜2チーム程度。その後、実際にローンチ・事業化を目指すプロセスでも多くの課題と向き合い、乗り越えていかなければならない。

キヤノンマーケティングジャパン オープンイノベーション推進室  米元 健二

「新規事業はどんなに本気でチャレンジしても、実る数の方が少ないんです」と語る米元にとって、忘れられない経験がある。

それは女性をターゲットにした美容系の事業開発に伴走したときのことだ。米元はいつものスタイルで本質的な課題を深掘りするためのユーザーインタビューを進めようとした。しかし、容姿に関するコンプレックスで人生そのものが左右された話など、課題の解像度を高めようとすればするほどデリケートな領域に踏み込まざるを得なくなり、葛藤が生じた。最終的にユーザーインタビューを断念した結果、深い課題解決につながるアイデアの創出には至らず、2年連続でチャレンジするも最終審査を通過できなかった。

「この経験からは2つの教訓が得られました。まず、どんなにアクセラレーターとしての経験やナレッジを積み重ねたとしても、自分には踏み込めない領域があるということ。それから、やはり表面的な理解ではなく、深く入り込んで理解しないと自分のアクセラレーターとしてのバリューは発揮できないということです。必死に取り組んでくれたチームメンバーには申し訳ない気持ちでいっぱいですが、その2つを発見できたことは、個人的にはポジティブに受け止めています」

アクセラレーターの仕事では「楽しい思いよりも悔しい思いをすることの方が多い」と米元は述べるが、キヤノンMJでアクセラレーターとして活動することの意義も感じている。


「言葉を選ばずに言えば、キヤノンMJのイノベーションはまだまだこれからです。だからこそ、これから変わっていくプロセスに携われることに大きな価値があるし、その先の景色を最初に見られることにワクワクしています」

もう一つ、キヤノンMJが持っている全国規模の販売チャンネルも、新規事業に取り組む上での強みと捉えているという。

「新規事業は販売がうまくいかずに頓挫するケースが非常に多いのです。どんなに素晴らしいアイデアを思いついても、どんなに優れたプロダクトを生み出しても、売れなければ事業を成長させることはできません。そう考えると、全国にリーチできる強固な販売チャンネルを持つキヤノンMJは、より早く、より大きく新規事業をドライブさせられる可能性があると感じています」

まだ見たことのない世界を見るために。率先して道を切り拓いていく

「いま大切にしている言葉は『THE FIRST』」だと話す米元。
言葉どおり、好奇心のおもむくまま、誰も挑戦していないことに積極的に取り組んでいく

キヤノンマーケティングジャパン オープンイノベーション推進室  米元 健二

現在は、アクセラレーターを社内に育成するためのプログラムを作成し、さらに外に広げていくことも検討中だという。

「プロジェクトが現在どのフェーズにあって、何に困っているか。それらを具体的に把握して導いていく。深く継続的にプロジェクトに関わることができるのが、社内アクセラレーターの強みです。単発ではなく新規事業が生まれ続ける『起業のエコシステム』を構築するには、アクセラレーターを社内に育てることが重要だと思います」

CiPから出てくるアイデアの質が向上するなど、社内アクセラレーターが存在することの効果は、結果として表れている。最近は他社からもアクセラレーターについて問い合わせを受けることが増えた。本や座学では身につかない「人の性質や思考の根源」を探る訓練をプログラム化し、社内にアクセラレーターを育成する一助となるサービスを構想していると、米元は目を輝かせながら話す。

道なき場所に道をつくる、米元の挑戦はまだまだ続いていく。


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