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「良いチームづくり」にかける想いとは?
大規模プロジェクトを推進するコツと心得を探る

2023年10月9日

近年、ビジネスを取り巻く環境が急速に変化し、働き方やチームのあり方も変わりつつある。社員には、自律した働き方や能動的に考えながら業務を進めていくことが求められるようになった。一方、組織に求められるのは、社員一人ひとりがパフォーマンスを最大限に発揮できる環境づくりだ。特に、モチベーションの高いチームをつくる「チームビルディング」の重要性が増している。

キヤノンITソリューションズでプロジェクトマネジャー(以下、PM)を務める白井 聡。担当したプロジェクトが社内で表彰されるなど、彼が先導したチームビルディングには定評がある。同氏は、ベストなチームをつくる上で何を意識し、どのように導いているのだろうか? 数々のプロジェクトを推進してきた同氏の“情熱の源泉”に迫った。

率いるのは「マイグレーション」のプロフェッショナル集団

キヤノンITソリューションズ ビジネスソリューション第二開発本部 シニアアプリケーションスペシャリスト 白井 聡

メインフレームからクラウドへ——。そんな時代の流れを決定づけるかのように、日本のメインフレーム(大型コンピュータ)市場をけん引してきた大手メーカーが、2030年を目処にメインフレームの製造・販売から撤退すると発表した。また、経済産業省は2018年時点で、企業が持つ既存のITシステムの老朽化やIT人材の不足がDX推進を妨げ、大きな経済的損失を生み出す「2025年の崖」と称した社会課題をレポートしている。

こうした影響もあって、今後しばらくは「マイグレーション(脱メインフレーム)」の動きが加速すると予想される。マイグレーションとは、現行のシステムを新しいシステム環境に移行することを指す。特に近年は、「基幹情報システムをメインフレームからオープン環境のクラウドに移したい」というニーズが増えている。

そして、そんなマイグレーションを数多く手掛けてきたのが白井である。白井の所属する部門はマイグレーションの専門部隊で、常時複数のマイグレーション案件を遂行している。

白井が大切にするチーム編成への想い

白井は、新規案件に向けてのチーム編成で大きく二つ大切にしていることがあるという。一つ目は「案件を踏まえたベストメンバーのアサインを優先すること」。

「マイグレーションは、お客さまにとって、自社の業績に直結しかねない一大プロジェクトです。当然、成功するかどうか不安感を持つお客さまは多い。そのため、丁寧にコミュニケーションを取り、安心していただきながら要望を引き出せるメンバーをリーダーに据える必要があります。そうでなければプロジェクトがまわりません。また、案件によって必要なスキルも変わってきますので、それを踏まえた技術者も必須です。適材と思われるメンバーが他の案件と重なって多忙なときは、可能な範囲でプロジェクトのスケジュールを調整します。繰り返しになりますが、お客さまにとっては一大プロジェクト。極力、最適なメンバーで臨むようにしています」

マイグレーションに携わって20年以上、PMとしてチームをけん引する立場にある白井が辿り着いた答えともいえるだろう。そして、もう一つは「メンバーの気持ちを大切にすること」と断言する。

「例えば、『来週からこの案件よろしくね』というような軽い頼み方をすると、都合よく使われていると感じてしまうメンバーがいるかもしれませんよね。ですので、プロジェクトが始まる可能な限り前に、『こういう役割でチームに加わってほしい』ということを丁寧に説明することを心掛けています。こちらの本気が伝わり、自分が『本当に必要とされている』と思うことができれば、人って一生懸命に頑張れるものではないでしょうか」

毎日の打ち合わせで、自らメモを取る理由

落ち着いた話し方からも、その誠実な人柄が伝わってくる白井は、住友金属工業(現:日本製鉄)に入社し、某製鉄所のシステム開発部に籍を置き、生産管理システムを扱うメインフレームやネットワークの保守・運用などを担当していた。その後、2003年にキヤノンマーケティングジャパングループの一員となり、以来、マイグレーション事業に携わってきた。

  • 住友金属システムソリューションズが、キヤノン販売(現:キヤノンマーケティングジャパン)のグループ会社となり、キヤノンシステムソリューションズ(現:キヤノンITソリューションズ)に社名を変更。

そんな白井には、目標ともいえる人物がいるという。

「まさに『背中で引っ張っていく』タイプのリーダー(当時の部長)でした。若い頃から目をかけていただいて、まだ経験が浅いながらもPMまで任せてもらって。とても心配をかけたと思うんですけど、褒められることも、怒られることもない。黙って見守り続けてくれました」

白井は、その頃の経験が自分の土台になっているという。

「自ら資料をつくって、お客さまの前に出て説明をするのが一番の勉強になります。自分も、新卒間もないメンバーでも積極的にお客さまの前に出すようにしていますね。なるべく若いうちに、責任のある立場で仕事をしてもらう機会を与えたい。若手に任せられる仕事がないかと常に意識しています」

白井は何か判断に迷うことがあると、「彼(当時の部長)ならどう対処するか?」と、今でも考えることがあるという。心から尊敬している存在だが、たった一つだけ、胸の奥に小さなしこりとして残り続けている思い出があるようだ。

「ある顧客企業との打ち合わせに同席させてもらえなかったことです。自分がリーダーで、彼(当時の部長)がPMとして参加していた案件で、進捗が良くなかった。それでお客さまに呼び出されて、彼が一人で対応しました。厳しい言葉を投げかけられるのは明白だったため、『俺が全部受け止めて、一人で責任を取る』という優しさからの判断だったと思うのですが、今も真意は分かりません。ただ、自分はそこに参加させてほしかった。ともに背負って、少しでも力になりたかったんですよね」

その後、その案件は大幅な赤字案件となった。

「お客さまやチーム内でのコミュニケーションがうまく取れていなかったことも原因だったのだと思います。情報共有ができておらず、作業の遅れをカバーしあうような動きも取れなかった。一体感をつくれなかった。苦い思い出とともに、学びも大きかったです」

こうした経験からも、白井はメンバーとのコミュニケーションがとても重要であると考えるようになった。些細な情報でも、メンバー全員と共有する。「調子はどうか?」「困っていることはないか?」と、自ら積極的に声をかける。もちろん、メンバーから相談されたら、どんなに忙しくても必ず時間をつくるように心掛けている。

コロナ禍以降はテレワークが普及したことで、直にメンバーと顔をあわせる回数が減ってしまったため、毎日30分〜1時間程度、進捗報告を目的としたオンラインミーティングを行っていた。原則、チームメンバーは全員参加だ。

「やっぱり、声を聞けばその日のモチベーションが分かります。長期にわたるプロジェクトですから、ずっと高いモチベーションを維持し続けるのは現実的に無理がある。だから、それぞれの進捗を聞いて、『あ、今日この人はあんまり仕事が進んでないな』と思っても、1〜2日くらいは目をつぶります。何日も続いたら、さすがに何か言わなきゃとなりますが、誰にでも『なんか調子が出ない日』ってありますよね。それを許容するのも、長い目で見れば必要なことだと思います」

そして白井は、そのミーティングのメモを、自らが取ることにしている。

「『ちゃんと聞いているよ』という意思表示でもあります。自分だったら、もし相手が自分の意見を真剣に聞いていないと感じたら、次から、きちんと説明したり発言したりするのをやめてしまうと思います。一人ひとりの意見を自分の手でタイピングすることで、信頼関係が生まれることもあるんじゃないでしょうか。記憶として定着するし、書くことで『あれっ?』と気付いて、アドバイスやみんなの意見を聞くこともできます。後で読み返して振り返りもしやすい。20人くらいの規模までだったら、自分で記録を取り続けたいですね」

メンバー一人ひとりを気遣い、発言しやすい雰囲気をつくること。それがチームビルディングではとても大切なことだと、白井は自らの行動でチーム内に示しているのだ。

使命感とメンバーの頑張りに支えられ、ここまで続けてこられた

最後に、白井に「マイグレーション」という仕事のやりがいについて聞いてみた。

「正直苦しいことも多いので、本当に喜べるのって最後の最後、目的が達成できたときの一瞬なんですよね。それでもやり続けているのは、社会への使命感からでしょうか」

冒頭で触れたように、クラウド化の流れは、IT人材の不足などの「2025年の崖」が迫る日本の社会課題の表れともいえるだろう。さらに白井は、メンバーの頑張りを肌で感じられることも、大きなやりがいだと言いながら、目を細める。

「各メンバーが、苦労しながら成長していく姿を見られるのは、やはりうれしいものです。例えば、先ほどお話しした毎日のミーティングもそう。人それぞれの個性や良い面がありますから、それをどう伸ばしていくのかも自分たちPMの役割のはず。自分は、ミーティングにおいて、人前で話すのが苦手というメンバーには無理に発言は求めません。若手であれば先輩の話を聞いているだけでも勉強になりますし、何より、ずっと一人で作業をしていると孤立して気分が落ち込むこともあるでしょう。チームであることでカバーしていければいいんです。もちろん、後輩PMの育成も引き続き頑張ります」

「日々仕事をする上で大切にしていることを『一言』で教えてください」との問いに、迷いなく、力強い字で書いてくれた

では、そんな大切なメンバーと、これから一緒に挑戦していきたいことは何だろうか。

「会社として30年以上マイグレーション事業を継続してきて、ようやく大型案件を複数引き受けられる体力がついてきました。部門目標でもありますが、来年は飛躍の年になるよう、受注件数を伸ばしていきたいですね。これほど大きい責任感や使命感を実感できる仕事は、そうそうないと思いますし、継続してきたからこそ味わえるものでもあります。プレッシャーをやりがいに変えながら、メンバーとともに喜びの瞬間をたくさん味わっていくためにも、これからもどんどん突き進んでいきますよ」