「防災」は未来に向けて、どう進化している?
激甚化・頻発化する災害に立ち向かう研究者に訊く
2024年7月29日
地震、津波、噴火、風水害など、自然災害が多い日本に暮らす私たち。近年は気候変動の影響などにより、災害の激甚(げきじん)化・頻発化も進んでいる。
こうした状況に、一人ひとりの災害対策が求められることはもちろんだが、私たちを取り巻く社会の防災の「今」も知っておきたい。
そこで今回は、防災の最前線でどんなことが行われているのかを伺うため、茨城県つくば市に本所を置く国立研究開発法人「防災科学技術研究所(以下、防災科研)」を訪ねた。日本各地で起こるさまざまな自然災害の観測と、その防災の実験・研究に取り組む研究機関だ。その中に2016年に設置された総合防災情報センターでセンター長を務める臼田 裕一郎氏に話を訊いた。
「防災DX」により、災害対応の効率性を上げる
― 臼田さんは、総合防災情報センターでどんなことに取り組んでいらっしゃるのですか。
主に、防災における情報の共有や利活用について研究しています。防災というと、“耐震化”や“防波堤”などといった、「災害を未然に防ぐための対策(①予防)」をまず考えると思います。それに加え、「被害の拡大防止(②対応)」、「迅速な復旧復興(③回復)」といった、災害が起きたあとの“クライシスマネジメント”まで含めて防災だと、私たちは捉えています。
災害発生が完全には避けられない以上、災害が起こったあとの「②対応」と「③回復」を、しっかり行うことが大切です。
この「②対応」において、これまで特に課題となっていたのが情報共有でした。ひとたび災害が起こると、国や自治体の対策本部、警察、消防、自衛隊、DMAT(災害派遣医療チーム)、ボランティア……など、さまざまな組織が同時並行で活動を始めます。従来は、各組織が独自に被害状況や避難所などの情報を取得していたため、現場ではさまざまな問題が起きていました。
その問題が社会に強く認識されたのは、2011年に発生した東日本大震災です。医療組織であるDMATは、負傷者を運ぶ際、「どの病院が被災しているか、どの病院に運ぶべきか」という情報はある程度つかんでいました。でも、そこに行くまでの道の状況に関する情報をつかんでいなかったため、スムーズな搬送ができなかったのです。結果として適切な医療を受けられなかった人が生じてしまう、ということが起こりました。
道路に関する情報は所管する国土交通省や自治体、関係機関が集めています。個々の組織が持つ分散した情報を一元化して共有できれば、災害対応の効率性が上がるはずです。そうした情報共有の必要性を痛感し、研究開発に取り組んできました。そうして生まれたのが「SIP4D」です。
― SIP4D? それは何ですか?
「Shared Information Platform for Disaster Management」の略で、基盤的防災情報流通ネットワークという意味になります。各組織の情報システムを横串でつなぐいわばパイプラインです。
各省庁や自治体など、各組織が使用する情報システムはバラバラで、情報をやり取りする場合、これまでは提供側と利用側で個別に連絡を取り合い、データの形式や受け渡し方法を調整してやり取りする必要がありました。それが個別組織ごとに発生すると手間も時間も積みあがり、情報共有を妨げる一因にもなっていたのです。
SIP4Dは異なる情報システム同士でデータ形式を自動的に変換し、データ取得・閲覧を実現します。研究開発を開始して以降、段階的に、政府機関や地方自治体、電力・ガス・通信といった指定公共機関などとの連接を進めてきました。
例えば、2018年に発生した大阪府北部地震の際には、ガス会社の持つ「ガス復旧エリア」と、大阪府の持つ「各避難所の人数」という二つの情報を、SIP4Dを介して合成しました。これにより、“まだガスが復旧しておらず、入浴できていない避難者の分布”が判明し、自衛隊が入浴支援をスムーズに行うことができました。
このように、さまざまな組織の情報を組み合わせることで、より的確に状況を把握し、意思決定に生かすことができます。
課題にともに取り組み、現場のニーズを探る「アクションリサーチ」
― さまざまな組織のデータをつなげるというのは、とても根気がいりそうですね。それぞれの組織の協力が必要だと思うのですが、どうやってプロジェクトを進めたのですか。
SIP4Dの構想段階から、開発に向け現場のニーズと課題をつかむため、各省庁や自治体に直接赴いてはいたのですが、どんなに構想をご説明しても、最初は理解を得ることがとても困難でした。
特に、研究であるということが障害となっていました。研究者は現場で得た課題を持ち帰って検討し、次に生かす対策を立てるという考え方で行動しています。しかし、いくら良い未来につながる活動だったとしても、まさに“今”、困っている方たちのために役立たなければ、現場では“邪魔者”となってしまうのです。
そこで、私たちは考え方を切り替えました。単に“研究”目的で赴くのではなく、現地でできる限りの災害対応支援を行い、現場の方々と同じ方向を向いて、見える課題をつかむことにしたのです。そして、それを研究に反映する。このアプローチを「アクションリサーチ」と呼ぶことにしました。
例えば、2016年に発生した熊本地震では、発災直後に県の災害対策本部が置かれた熊本県庁に赴きましたが、まだ本部内に席がもらえるほど、われわれの認知度は高くなかったので、廊下の隅に長机とパイプ椅子を置かせてもらい活動しました。SIP4Dの基本システムができ上がっていないときでしたから、現場で私たち自身が“人間SIP4D”となることを目指しました。
― 人間SIP4D? 具体的にはどんなことをしたのですか。
災害対策本部に出入りする行政や自治体、医療関係者など、さまざまな組織の方と話をし、課題を集め、情報を得て、それを現場の方が活用しやすい形で共有しました。
例えば、紙にメモされた交通情報を手入力でデジタル化し、医療機関のデータと組み合わせ、被災者を受け入れている病院に行くためにはどの道を通るといいのかを可視化しました。
それらを、ポスターとして壁に貼る、休憩室で休む人たちの目につくようにファイルしておいておくなどしました。そういった取り組みを繰り返すうちに、さまざまな人から「こういうデータが欲しい」という相談をいただくようになり、一つひとつに応えていったのです。
― 実際に困っている現場の人の役に立つことで、情報共有の価値が理解されていったのですね。
はい。良い構想をただ伝えるだけでは理解が得づらい。実際に一緒に動くことで直面している課題を見つけ、それに一緒に取り組む中で構想への理解を得る。それが研究として大事なことだと痛感しました。そして、その過程で、研究に関することだけではない、さまざまな課題を目の当たりにしました。
― 例えば、どんなことですか。
熊本地震の後も、災害が起きるたびに現地に赴き、アクションリサーチを繰り返してきました。現場では、異なる組織が同じ部屋やフロアで活動していても、紙やホワイトボードなどのアナログ的な手段で情報を集めていると、相互にどんなことをしているか、どんな情報を持っているか知らないというケースも少なくありません。そもそも人手不足で他組織の状況把握まで手が回らないという状況も多いのです。SIP4Dという構想を実現するには、現場のデジタル化から組織間の相互理解まで、さまざまな課題を解決することも必要でした。
そうした中、組織間での情報共有を、われわれのような研究者の自主的な努力で行うのではなく、専任チームをつくるべきだという意見が挙がるようになりました。そこで、内閣府と防災科研でつくる 災害時情報集約支援チーム「ISUT(アイサット)」を立ち上げることになりました。
― 廊下で自主的に作業していたところから、大きく進化しましたね。
確かに(笑)。「ISUT」という“看板”を背負えることで、私たちも現場で動きやすくなりました。アクションリサーチを行っていなければ、現場の課題に対する気づきや、ISUT立ち上げの流れは生み出せなかったと思います。
「常に最新の情報が全員に行きわたる」この状態を当たり前にする
― SIP4Dの開発は一段落されたと思うのですが、これからはどんなことに取り組まれるのですか。
共有される情報(インフォメーション)から行動や判断を促す情報(インテリジェンス)を生み出す技術、災害対策本部だけでなく現場最前線で活動する方々の活動を支援する技術などの研究開発に加え、「民間の力を生かす」仕組みづくりも進めていきたいと考えています。
少し先駆けて2022年に、防災におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を官民で共創していくことが必要であるという考えのもと、デジタル庁の呼びかけにより「防災DX官民共創協議会(BDX)」が立ち上がりました。私は、BDXの理事長を務め、デジタル庁、自治体、民間企業などと連携し、防災DXの定義や課題整理、データ連携などを進めています。
― 具体的にはどのような活動をされているのですか。
立ち上げから2023年末まで、課題特定、基盤形成、市場形成の三つのミッションを定め、協議を繰り返してきました。しかし、2024年元日に発生した能登半島地震に対し、「ここで役に立たなければDXは進まない」と考え、初めて災害現場に入り、支援活動を行うことになりました。具体的には、通信が途絶した現地で災害対応を行う行政やDMATなどに、衛星通信システムによる通信環境を提供し、データの統合や被災者支援のステップを提案して、デジタル支援を進めました。
― 先ほどのアクションリサーチと似た流れですね。
そうですね。市町、DMAT、自衛隊が個別に収集して分散管理していた避難所情報を集約・精査するアプリケーションを民間企業が3日で開発し、交通系ICを活用した避難者情報の把握支援や、被災者データベースの構築支援などを実施して、官だけでは難しいスピード感や技術適用を、民間の力で実現することができました。
被災地では、民間企業一社一社では活動しにくいですが、その力をチームとして結集することで動きやすくなるほか、行政側もその力を借りやすいというメリットがあることも、今回の活動から見えてきました。今後は、さらに災害時の活動の幅を広げるため、民間企業による“デジタル支援チーム”の立ち上げなども検討したいと考えています。
こうした新しいチャレンジについては、事後に効果や課題の検証を行い、それが有効であるなら、次の災害に向けて定着と浸透を図っていくことが大切です。
― 最後に、臼田さんが描く防災の未来を教えていただけますか。
データ処理やAIなどの技術が発達し、今後も防災に関するさまざまなサービスが行政や民間から生まれると思います。ただ、それらが個々に独立していたら、出せる効果が半減してしまいますし、利用者にも複数登録などの負荷が発生します。
また、どんなに良いアプリやシステムをつくっても、情報が更新されていなければ、有事の活用が難しくなります。常に最新の情報が全員に行きわたる。この状態を当たり前にしていくことが大切です。
SIP4Dなどの情報プラットフォーム をつなぎ合わせ、さまざまなサービスをつなぐ1本の幹とし、通信やデータの流れが、水のようにスムーズに循環するよう、日頃から整え定着・浸透を図っていく。そんな情報のつながりをしっかりとつくっていきたいと考えています。
― 私たち、読者ができることはあるのでしょうか。
防災で一番大切なのは、やはり自分の身は自分で守る「自助」です。最初にお話しした「防災の三角形」の考え方は、個人の防災でも同じです。平時から、予防はもちろん、「災害時にどう対応するか」、「どう回復するか」のイメージを持ち、そのために「どんな情報が必要か」「その情報をどのように得るのか」を考えておいていただければと思います。
― SIP4Dで集約された情報は、私たちも見ることが可能なんですか?
はい、公開できる情報は、防災科研のウェブサイト「防災クロスビュー」で誰でも閲覧できるようになっています。気象災害の備えや対応を行うための情報、また過去の災害についてのアーカイブなども見ることができますので、防災イメージを高めるためにも活用していただきたいと思います。
― 本日はありがとうございました。
キヤノンMJグループは社会課題解決に向け防災DXにも取り組んでいます。その一例として、「日本一安心できる街」を目指し、AI防災システムを導入した江戸川区とキヤノンITSの挑戦についてご紹介します。